熱海ホテルニューアカオでの活動

和田勝会員が、熱海のホテルニューアカオで開催された東京ゴム薬品商同業会総会の後に、総会参加者向けに行われた講演会で、「ウグイスのお尻を追いかけて -マッチョであるのも結構、大変ー」というタイトルで、多数のスライドを使って講演しました。参加者は同会理事長をはじめ25名でした。

わかりやすく、なおかつおもしろく話してほしいと依頼されたので、40年、鳥の内分泌学の研究を行ってきたと自己紹介をした後、日本画に描かれた鳥の絵を示して、鳥の骨格から見て、脚の描き方はこれではおかしいので、とても気になります、というところから話を始めました。
上の左の絵、脚の描き方が気になります。鳥の骨格は次の図のようになっています。
この鳥の場合、大腿骨と膝は腹部の羽毛の中に隠れています。したがって、勝手に手を入れて直した右の図のように、かかとにあたる部分が後ろ側にあって、そこから跗蹠骨が前に伸びているはずです。ちなみに跗蹠骨はヒトの中足骨にあたり、ヒトでは複数あるけれど鳥類では融合して一本です。つまり、トリはつま先立ちで歩いているのです。でもこんな話から始めたら、わかりやすく、おもしろく、ではなくて、理屈っぽいって印象を与えたかも。

ちょうど当日は2月14日のバレンタインデーでした。この日がなんでチョコレートを贈る日になったかはともかく、昔から植物が芽吹き、鳥が囀り始める日とバレンタインの殉教と結びついて人々が祝うようになりました。冬至からほぼ2か月、日の長さが長くなったと感じ始めるころなのです。でもって生物季節の一つである、ウグイスの初鳴き日がちょうどこのころにあたります(地域によって異なりますが九州ではそうです。東京ではもう少し遅いかも)。

これをきっかけに、ウグイスの紹介。日本人は誰でも知っている鳥ですが、意外と研究されていないのです。それでウズラで培った知識や技術で、ウグイスの繁殖生理学の解明に乗り出したのです(ちょっと大げさ)。

ウグイスを使った研究成果のお話に入る前に、鳥についての一般的なこと、体を軽くして飛ぶためにどのような進化をしたのかと、繁殖の内分泌学のお話をしました(この辺りはこちらのページを見てね、まだ未完成だけど)。

野生の鳥であるウグイスの研究をしようとすると、捕獲しなければなりません。捕獲するためには環境省が発行する鳥獣捕獲許可証が必要です。許可証を取得するためには、委託を受けた山科鳥類研究所が行っている講習会に参加して、見極めテストに合格する必要があります。実習は新潟県福島潟にある観測ステーションで行われるので、何とかスケジュールを調整して参加しました。泊まり込みです。こうして捕獲許可証を取得してバンダーに一応なって、金属製の番号の入った足環をつけられるようになりました。プラスチック製の色足輪も購入しました。

ウグイスの紹介をした時に話したことですが、古くからおこなわれていたウグイスの飼養は、江戸時代にはとくに盛んになり、鳴き合わせが行われました。早く鳴き始めさせるために、蝋燭で昼の長さを長くする「夜飼い」が行われていました。そこで、霞ヶ浦で捕獲したウグイスを使って、夜飼いを行ってみました。
短日(8L16D)から長日(16L8D)に移して7日目になると囀り始め、血中テストステロン濃度も10倍近くに跳ね上がっていました。

さて、ここからがフィールドでの研究です。繁殖期になるべく多数のウグイスを捕獲しなければならないので、場所の選定が重要です。いろいろと情報を聞いて、東京大学付属秩父演習林をフィールドとすることに決めました。講義の合間を縫って、勤務地の千葉県市川市から、器材と学生を乗せた車を駆って、関越自動車道を花園インターまで走り、国道140号を西へ、秩父市を抜けて川俣にある東大の自炊宿舎まで走ります。2泊3日の日程で、これをほぼ毎週繰り返しました。

鳥類では多くの種に羽装の性的二型が見られますが、ウグイスの場合は羽装は雌雄で同じです。違いは体重で、オスはメスのほぼ二倍の体重があります。
演習林栃本地区の入川の沿って進んだ矢竹沢近辺での観察によると、オスは縄張りを構えて3月末から8月末まで囀り続け、複数のメスを縄張りに誘い、営巣、産卵、子育てをすべてメスに任せている一雄多雌の繁殖連略を取っていることが明らかになりました。

ここからはカスミ網を使った捕獲です。カスミ網を張って、録音した他個体の囀りを網の近くで再生すると、縄張り保有オスは興奮して盛んに囀り、場合によってはカスミ網に突進してかかってしまいます。かかったら網から外し、翼静脈を穿刺して、出血した静脈血をヘマトクリット管で吸い取ります。採決した後、ウイスの体重、翼長、跗蹠長を測定し、話してやります。たいてい、ウグイスはすぐに自分の縄張りに戻ります。ヘマトクリット管は宿舎に帰った後、遠心して上澄みをハミルトン注射器で吸い出して遠心チューブにとりわけ、研究室に持ち帰ってラジオイムノアッセイ法でテストステロンとコルチコステロンを測定します。

囀りを聞かせ始めてから30分の間(網にかかった場合はそれまでの間)に、囀りを聞かせ始めてから(プレイバック法)何分で囀り返したか、囀りと谷渡りの数は何回だったか数えます。結果の一部は以下の通りです。このグラフはさえずりの結果です。

雄性ホルモンであるテストステロンの血中濃度は、この間ずっと高いままでした。

詳しい結果は、小生の自前のページの研究タブー>ウグイスの項の原著論文をご覧ください。

これらの結果は、一雄一雌の繁殖戦略をとる鳴禽類の結果とは異なっています。一雄一雌の種では、メスが産卵し抱卵に入るころになると、オスは囀りを止め、餌を運んで子育てに参加します。これに対してウグイスは、マッチョをずっと維持するんですね。

ここまではプレイバック法で捕獲したので、縄張り保有オスだけを捕獲してデータを得ている可能性が高いので、プレイバックせずにカスミ網にかかるのを待って、うまく網にかかった個体から採血することにしました(パッシブネッティング)。縄張り保有オスかそうでないあぶれオス(フローター)かを確認するために、対象場所を狭めて、そこに縄張りを構えているオスを確定して、捕獲することにします。しかしこれは、言うは易しでも行うは難しです。ともかく時間がかかるのです。

こうして、なわばりを確定して精査すると、なわばり保有オスとあぶれオスの間で、体重、跗蹠長などの体格、血中テストステロンとコルチコステロンに差がありませんでした。今これを書いていて気が付いたのですが、この結果は論文にしてませんでした。ネガティブデータだから書きにくかったと感じたのでしょう(当時は)。でも、おもしろい結果が出ているので、今書いていて、論文にしておいた方がいいと感じました。たとえば捕獲法の違いによって、血中テストステロン濃度が異なります。
血中コルチコステロン濃度の方があまり差がみられません。ところがオスとメスでは、血中コルチコステロン濃度がかなり異なります。

さらに、適当なプライマーを決定して、マイクロサテライト法で親子判定をしました。
その結果、あぶれオスも子供を残している可能性が示唆されました。この結果は詰めが甘いのですが、可能性はかなり高いと思っています。

ウグイスは、どうしてこのような繁殖戦略をとっているのでしょうか。子孫をなるべく残すためには、オスから見たら

1)つがいを維持してメスをガードし、育雛にも参加して確実に雛を育てる
2)なるべく多くのメスを獲得し、多くの雛を残す努力をする

の二つの戦略があります。笹薮に適応したウグイスは、競争者がいないのでその豊富な資源を独占することができたのですが、ヘビなどによる高い捕食圧、カッコーによる托卵などのために、繁殖の失敗が多くみられるようです。したがって、2の戦略を取った方が有利だったのでしょう。そのために内分泌機構も、この繁殖戦略を支えるように進化したと考えられます。

生物の基本原則である進化は、身体的な特徴である形質だけでなく、繁殖戦略にも当てはまり、環境に適応してそれぞれの繁殖戦略が進化しているが、それを可能にしているのがホルモンによる生理学的な機構であることを強調しました。

講演が終わった後、鳥全般のものも含めて、たくさんの質問を受けました。

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