東京雑学大学での活動

和田勝会員が5月17日の午後2時から4時まで、西東京市民会館で行われた東京雑学大学1133回講義に出講し、「歴史にまつわる遺伝の話 -DNA、遺伝子をからめてー」というタイトルで講義を行いました。

東京雑学大学の聴講生は文系の方が多いようなので、その方たちの気を引くために、一番最初のスライドで夏樹静子著の「裁判百年史ものがたり」の本の表紙(単行本刊行当時のもの)を示しました。
2010年の刊行時に購入して読みましたが、推理小説作家の夏樹さんの筆によって12のエポックメイキングな裁判の記録が書かれていて、大変面白い本でした。その第1話に取り上げられているのが「大津事件」です。

「大津事件」は、後のロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世が、1891年(明治24年)に、まだ皇太子の時に日本を訪問した折、滋賀県大津市で警察官津田三蔵にサーベルで頭部を切りつけられるという事件です。高校の日本史では、司法権の独立を守った裁判ということで、習った記憶がある方もいると思います。

どうして「大津事件」を引き合いに出したかと言えば、このときの血染めのハンカチが、後にDNA鑑定に使われることになるからです(血液量の関係で、うまくいきませんでしたが)。

ニコライ2世一家7人は、1917年のロシア革命の後に拘束され、エカテリンブルグで1918年7月に惨殺され、遺体は棄損されて埋められます。
Wikipediaより

ソビエト連邦の崩壊後、遺体が発見され、1991年に皇帝・皇后を含む5人であることがDNA鑑定により確認されます。2007年に残りの2人(皇太子アレクセイとマリア皇女)が別の場所で発見され、こちらも間違いないことが確認されます。ここで講義では、親子鑑定を例にしてDNA鑑定について概略を話しました(ここでは省略)。

ロシア革命が起こり、革命が成功して一家が拘束され、その後に惨殺されたという悲劇は、なぜ起こったのでしょうか。もちろんいろいろな要因が絡み合っていますが、その一つに生物学的にみて、興味深い要因があります。

皇女が四人続き、五番目にやっと生まれた皇位継承者である男の子アレクセイが、血友病だったのです。これを気にした皇帝一家が宗教に走り、宮廷内で祈祷師ラスプーチンの暗躍を許し、ロシア革命の遠因になったといわれています。

血友病は、血液凝固が起こりにくくなる遺伝病で、X染色体長腕上の先端近くにある遺伝子が関係しており、伴性遺伝の例としてよく知られています。ニコライ2世の妃であるアレキサンドラが血友病の保因者だったのです。アレキサンドラ皇后は大英帝国のヴィクトリア女王の孫で、ヴィクトリア女王も保因者だったので、その遺伝子を受けついてしまったのです。

写真は、立っているのがニコライ2世、前列右がヴィクトリア女王、左がアレクサンドラ皇后で長女オリガを抱いています。

ヴィクトリア女王とその子、孫などの一族の家系図を示します。

系図は、第75回日本血液学会学術集会(2013年)斎藤英彦「血友病物語」のページのものを改変

系図を拝借した元のページには、血友病やヴィクトリア女王などのことが詳しく書かれていますので、リンクをクリックしてご覧ください。でもって、これを読んでわかったことがあります。講義では、ヴィクトリア女王の血友病は第8因子タンパク質をコードしている遺伝子の欠陥による血友病(A)として説明したのですが、2009年に、これとは別な第9因子をコードする遺伝子(お互いに隣接)の欠陥による血友病(B)であることが明らかにされたそうです(Rogaev EI, Grigorenko AP, Faskhutdinova G, Kittler EL, Moliaka YK. Genotype analysis identifies the case of the “royal disease”. Science. 2009; 326: 817.)。間違えました、すみませんでした。

血液凝固のカスケードの大まかな図を載せておきます。
かなり複雑な反応ですが、第8因子あるいは第9因子が欠陥だと、反応が進まなくなり血液凝固が起こりにくくなります。これが血友病という遺伝病です。上で述べたように、X染色体の長腕の末端近くにあるので、伴性遺伝をします(詳しくは後で説明します)。

http://blog.san-x.co.jp/toretate/2012/11/post_620.htmlより

長い枕でしたが、ここから、遺伝とはどういう現象か、遺伝子とは?DNAとは?というお話になります。最初に登場してもらうのは、もちろんメンデルです。メンデルはエンドウを使い、遺伝の法則というか、遺伝を説明するスキームを明らかにしました。

子どもが親に似るということはよく知られていましたが、なぜ?を説明することは長い間できませんでした。当時は、たとえば紫と白の花の色のような形質は、交配すると混ざってしまうと思われていました。メンデルは観察を通して、混ざってしまうのではないと確信して、実験を計画します。十分に時間をかけて純系(たとえば花の色に関して、自家受粉をすると紫の花あるいは白い花の一方しかつかない系統)を得て実験を開始します。

純系の紫色の系統と白い花の系統を掛け合わせると、雑種第一代はすべて紫の花になりました。
こうして得られた雑種第一代どうしを自家受粉しました。その結果は、紫の花と白い花は705:224で、整数にすると、3:1でした。

メンデルは、花の色以外の6つの形質でも同様な結果であることを実験で示します。実験で得られたこれらの結果を説明するために、メンデルは次のように考えました。

1)一つの形質に対応する独立した「要素」という概念を導入
2)「要素」は、一つの形質に対してペアで存在し、生殖細胞(植物の場合は胚珠内の卵と花粉管の精細胞)が作られるとき、二つに分かれて分配される
3)「要素」には、優性(顕性)と劣性(僭性)の性質があり、ペアの一方が優性だと劣性の表現型は覆い隠される

こう考えると、次のパネットの方形で表されるように、うまく説明することができます(もちろん、メンデルは論文の中で、このような方法では説明していません。文字と数式を使っていますが)。花の色という形質に対して、優性のFと劣性のfを考えます。純系の紫の花はFFで、白い花はffと表すことができます。
これを掛け合わせると、すべてFfになり、優性の紫色の花をつけます。

こうして得られた雑種第一代Ffを自家受粉すると、次のようになります。

その結果は、FF:Ff:ff=1:2:1となり、Ffは上と同じように優性の形質が現れるので、紫の花:白い花=3:1になることが説明できます。

実験結果を整数にして要素という単位(粒子)概念を導入したりして、今考えてみても非常にすっきりとしています。これはメンデルがウィーン大学に内地留学して、当時の物理的な考え方に触れていたためだろうと言われています。でも、1865年の論文の発表当時は、メンデルのこの考えは全く理解されませんでした。

彼の死後、1900年になってメンデルの法則は再発見されます(正しくは論文として掲載されます)。つまり、ド・フリース、コレンス、チェルマックが実験で明らかにしたことが、すでにメンデルによって論文として発表されていたことを見つけるのです。

再発見されたときは、すでに顕微鏡が発達し、核の中に染色体(下の図を参照)という構造があり、ペアで存在する相同染色体が生殖細胞を作るときに減数分裂によって、それぞれの生殖細胞に分配されるということが観察されていました。こうして、メンデルが「要素」と考えた概念的な粒子は、染色体上に配列する実体だととらえられるようになり、遺伝子(gene)と名付けられます。

ここで伴性遺伝について説明しておきます。ヒトは46本の染色体を持ち、22対44本は常染色体で、同じ大きさの染色体がペアであります。性を決める性染色体には、XとYがあり、XXだと女性、XYだと男性になります。XとYは大きさが異なり、YにはXの長腕に対応する部分がありません(ちなみに下の図では、ペアになった染色体の一方も真ん中で結合した二本に見えますが、これは細胞分裂の中期の染色体だからです。普段は一本です)。
カナダMemorial Universityのページより 著作権Steven M. Carr

そのため、Xの長腕の端にある血友病の遺伝子の場合、男性のYでは対応する相手がなく、劣性だとその性質が現れてしまいます。次の図は、保因者のアレクサンドラと正常なニコライ2世が子をなした時に、現れるであろう血友病の遺伝をパネットの方形で示したものです。
確率として、女性では正常と保因者が1:1、男性では正常と血友病患者が1:1になります。アレクセイは左下ではなく右下になってしまったんですね。

メンデルの選んだ7つの形質のうち4つが、現在のところ、どのような遺伝子によるかが明らかになっています。そのうちの豆が丸いか(R)、しわがよるか(r)の対立形質について触れておきます。デンプンは直鎖のアミロースと枝分かれのあるアミロペクチンの混合物です。アミロペクチンは、アミロースから枝分かれ酵素によってグルコースが付加されてつくられます。Rはこの枝分かれ酵素の遺伝子だったのです。Rが欠陥品だと、アミロペクチンができず、原料のグルコースが余ってしまいます。すると浸透圧の関係で豆の中に水が蓄えられ、実がなった後の乾燥の過程で、この水が失われてしわがよるのです。

このように、目に見える形質は、酵素タンパク質によって現れ、そのタンパク質を作る設計図が遺伝子なのです。ヒトでは、上の写真にある22対+2本の性染色体の上に、とびとびに遺伝子が並んでいることが、モーガンのショウジョウバエの実験で明らかにされます。血友病の場合は、第8因子と第9因子と呼ぶ酵素タンパク質の設計図がX染色体上の長腕の端の方にあるのです。

それでは遺伝子の本体は何なのでしょうか。いくつかの実験で(詳しいことは省略)、DNAであることが示されました。DNAはデオキシリボースとリン酸のつながった共通骨格と、A、C、G、Tの4つの塩基から構成されています。このDNAの構造がワトソンとクリックによって明らかにされたのが、1953年でした。二本の共通骨格が、梯子の縦木となり、そこから足を掛ける横木が一定間隔で固定され、ひねりを加えた二重らせん構造をしています。横木は、上記の塩基がA:T、C:Gの組み合わせになっています。

4種類しかない塩基が、どうして20種類のアミノ酸をコードできるのか最初は謎でしたが、4つのうちの3つの塩基の組み合わせが64種類あるので、これでカバーできるというガモフの示唆で実験が始められ、実際にその通りであることが示されます。こうしてすぐに、64通りの組み合わせがどのアミノ酸をコードしているのかが明らかにされます。下の表内にあるアルファベット3文字がアミノ酸の略称です。タンパク質は、ここにある20種類のアミノ酸が並んでつながった分子で、アミノ酸の性質によって、酵素だとか抗体だとか、受容体だとかのさまざまな機能を発揮できるのです。DNAは、アミノ酸の並び方をACGTの文字で書いた設計図なのです。

最初に述べた血友病や豆の形で、欠陥品の酵素がつくられたのは、設計図である塩基の文字が変わってしまったため(あるいは抜けてしまったため)に起こります。このようなDNAの塩基の変化を突然変異と言っています(これ以外に染色体突然変異もあるが省略)。たとえば、上の表でTTTはPhe(フェニルアラニン)をコードしていますが、もしも3文字目のTがAに変わってTTA になると、コードしているアミノ酸はLeu(ロイシン)になってしまいます。これが突然変異にです。

3文字目のTがCに変わっても同じPheをコードしているので、すべての突然変異がアミノ酸の変更を起こすわけではありません。表内に3つStopとありますが、これは区切り、すなわちピリオドを意味するコードで、これ以降の塩基の並び方は意味を失います(ミスセンス突然変異)。文章の途中に突然、ピリオドが現れて本来のものより、短い文章になってしまうことに該当します。

ここまでお話した血友病や豆の形の例は、1遺伝子→1タンパク質→表現型(形質)という単純なものでした。形質の中には、複数の遺伝子が関係するものがたくさんあります。背の高さや顔の表情などがその例です。

その例として、「ハプスブルグ家の下顎」について簡単に触れておきます。下の絵はベラスケスが描いたフェリペ4世の肖像画です。下唇と下顎が前に出ているのが見て取れます。

オーストリアとスペインのハプスブルグ家の家系図を見ると、このような特徴的な風貌を持った王様がたくさんいることがわかります。遺伝病なのです。スペインハプスブルグ家の最後の王様であるカルロス2世は、ひどい下顎突出症で、おまけに知的障害があり不能で、早く亡くなります。その結果、スペイン継承戦争がヨーロッパ全体を巻き込んで起こります(1701-1714)。

現在までのところ、骨格性下顎前突症に関与する遺伝子は、完全に解明されてはいませんが、いくつかの候補が挙がっています(BMP3, ANXA2, FLNB, HOXA2, , ARHGAP21のミスセンス突然変異)J. Dent. Res. 94, 569-576 (2015)。このうちBMPが興味を惹かれます。BMPは発生の過程で遺伝子の発現を調節するように働くタンパク質をコードしています。

何故興味深いかというと、ダーウィンフィンチの嘴の形に、このBMPの発現量の違いが関係しているからです。硬い実の殻を割ることができるように、嘴の高さが高くなった種では、BMPの発現量が多いのです。ヒトの場合も、下顎の発生の過程でBMPの発現量が多いと、顎が突出することは大いにありうることです。ただBMPだけでなく、さらにいくつかの遺伝子が関係しているのでしょう。

最後に、がんのついてちょっと触れました。

がん発症のメカニズムとして、よくアクセルとブレーキの話が出てきます。アクセルが踏み込まれた状態になり、ブレーキが利かなくなると、がんになるというものです。アクセルもブレーキも、実はタンパク質です。したがって突然変異が起こる可能性があります。

これらのタンパク質(ドライバー遺伝子)をコードしている遺伝子は、およそ200種類あると考えられています。突然変異は、一定の頻度で生じると考えられています。もちろん修復機構が備わっていますが、それをすり抜けてしまう突然変異もあり得ます。ドライバー遺伝子に起こる突然変異が2から6個貯まると、がんが発症するそうです。

突然変異の要因となる変異原に、なるべく晒されないようにするのがベターです。喫煙が一番の引き金です。

これでおしまい。

上の記述では、体細胞分裂、減数分裂、遺伝子の本体解明、DNAの構造など、かなり省略しました。詳しい説明は下記の本をご覧ください。

「生物学の基礎ー生き物の不思議を探る」和田勝著、東京化学同人、2012.
「基礎から学ぶ生物学・細胞生物学 第3版」和田勝著、羊土社、2015

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